もう本気で指導するのはやめます。
・・・あれ? プロサッカー選手に絶対にさせるとか言ったくせに逃げるんですか?
と、思われてもしょうがないこのタイトル。
逆です。
俺センはそれ以上に本気で取り組むつもりです。やめるのはその指導ではありません。
本気じゃないのに本気っぽくしている親子に対しての本気の指導をもう一切しない。と、今日決意しました。
全部書くと長くなるので書きませんが、私はおそらく日本で一番の少年サッカー指導者だと最近は自負しています。
うわ、すげぇことをまた書くなぁと思われたかもしれませんが、
日本一の「バカ」少年サッカー指導者だと自負するようになりました。
はじめからそう書けよ。。。すみません。
指導力にも自信はありますが、それ以上にバカなんだろうなと。
何がバカかって、
人を信じすぎる。
って所です。そして必ずいいように利用されて終わり。
もうこの流れを今日で終わりにしたいと思います。
以前も「もう日本は終わっている」と書きましたが、少なくとも地元の子に対しては気持ちをぶつけて本気で指導すれば伝わるものなのかと思っていました。
まあ、たしかに私が勝手にその子であれ、親であれ勝手に信じて自分の指導を200%以上ぶつけてきました。
事実として、「その気持ちは伝わらない」という事が分かったので、完全にそういった過剰指導はやめることにしました。
良かれと思ってやっていたものも、人によっては「大きなお世話」、それ以上に「迷惑」にしかならないのだから。と、いうことがはっきり分かりました。
ただし、その指導をしなければ本当の上にはいけない子もいるので、今後は見捨てます。
その理由は「本人が望んでも親が騒ぎ立てるから」です。
もう、この一連の流れ、やりとりにうんざりしました。
誤解してほしくないのですが、一番言いたいのは例えば、子どもが「プロサッカー選手になりたい」と思って私の指導を受けに来るとしますよね。
その指導に対して「あれが違う、これが違う」と、親が口を出してきたらどうですか?
まず、無理です。
分かったのですが、私がイメージしている以上に親が子どもを甘やかせ過ぎる。
それを少しでもしつければ、裁判沙汰みたいな。
もう、やりようがない。
ただ、子ども対指導者もしくは子ども対大人という立場において、
子どもが大人になめてかかる
などという行為をしたときに「はいはい、○○ちゃんゴメン、ジュース買うから機嫌直して」みたいな事を私はしません。
おそらく昨今の親はそういうことをするのでしょう。
だから、大人に対してもありえない口のききかたをしてくる。
それを注意すれば、親が出てくる。
私もガキの頃親父やじいさんによく殴られました。それは腹いせではなくしつけという意味で。なので、今思い返しても何の恨みもありません。
むしろ、しつけられた事に感謝しています。現代の子達のようにならなくてよかったと思いますからね。
その殴られた理由もそんなに大したことではなかったですね。
今の子達が大人にする事とは比にならない些細なことでも怒られました。
今は、そんなことをすれば即裁判沙汰。それでも、私はしつけをする事が本当の愛情だと思っていました。
親も学校も子どもに対して本気で接しない。めんどうくさいから甘やかす、だから物事の分別もまったくつかないまま大人になる。
子どもが大人を挑発し、ナメた口をきかれたら怒るどころか「機嫌を直してよ、○○君の言うことなんでもきくから」みたいな。
そうじゃなくても、子どもたちは冷めていて、「大人はここまでしてこない。だからぜんぜんそんなことは気にしない」
みたいな世界に変わり果ててしまいました。
口で注意しても「はいはい」で終わり。
なんなんだ、この世界は。。。
普通は、私の前に親や学校がしつけをし、人間としてまともな子達がサッカー指導を受けに来る。そうであれば、怒られるようなことを子どもがしてもそんなにひどくしつけられる必要もなければ、親もしつけているから、指導者に対しても理解を示す。
もう、違うんですね。「しつけ」そのものが死んでいる。
しつけ=虐待
だと誰かが安易に決め付けて、それに甘んじる。
特に、サッカーはそれが強いのでしょうね。野球であればもうちょっとは規律が重んじられていることでしょう。
自分で少年サッカーを指導しておきながら、これからスポーツをお子さんさせようと考えている保護者の方には野球を勧めたいぐらいです。
サッカーでは、現代の子達を大人にしてあげることは無理です。
親であるあなたがしつけをしっかりしていない限りは絶対に。
ここで、やひろの話をしましょうか。それはそれは私によく怒られました。ただ、一度たりとも彼に対して不真面目に怒ったことはありません。
ただし、その光景を見て「ありえない」と思ったしつけと虐待の区別もつかない人たちはそう見て思ったんじゃないでしょうか。
怒鳴りはしますが、サッカーができなくて彼に手を出したことはありません。
ただし、年下の子をいじめたり、大人をなめてかかった時は、言葉でも分からなければぶつかりあって分かりあうようにしてきました。
気持ち悪いかもしれませんが、それが「男同士」にしかできないコミュニケーションなのだと思っています。
なので、最近は大人が一方的にやるのではなく、子どもにも手を出させています。
この前は私の体はボロボロになるぐらいやられました。
それだけではないけど、やひろは大分たくましくなりました。社会人のチームとの練習でも物怖じせず積極的にプレーするようになりました。
言葉で分かり合えなければ、体でぶつかって分かり合うしかないと思っています。
それも、もう限界なのだということが分かりました。
おそらく、やひろでその本気の指導は最後になりそうです。
なぜ「おそらく」と書いたかは、もしかしたらまだまともな考えの親はいるだろうとも思っているからです。
大人に対して、指導者に対してナメた口をきいたら怒られるのは当たり前だろ。というまともな人はいるはずだと信じています。
なぜなら、サッカー以外にはそういう親は普通にいるからです。
ただし、サッカーは完全にいつの間にか食い物にされてしまいました。
とにかく、親を気持ちよくさせ金さえ手に入ればそれでいいと考えている者達によって「サッカー指導は親子ホストクラブ」みたいな存在に。
その結果、サッカーで生き残る子のタイプはふたつに絞られました。
サッカーが好きで好きでしょうがなくて先天的なセンスのある子
その子の親自体がものすごいしつけを重視して教育している
このふたつに。
なので、このふたつ以外のタイプの子には断言します。プロサッカー選手になるとか言わないほうが身のためですよ。無理だから。
そして、私は前者のいわゆる「センスのある子」は興味がありません。なぜなら、私が指導しなくてもプロサッカー選手になるだろうから。
私は後者の子で頑張っている。だけど、夢になかなか近づけないという親子の手助けをするだけです。
ただ、今までは「夢は同じです」という親子に真剣に指導をしてしまいました。
しつけも出来ない親の子はもう何を言っても無駄だと諦めました。
ここを私の熱さならなんとかできるとやったけど、無理。世論として無理。
そうであれば、こんな世の中でしつけを重視してしっかり自分の子どもを教育している親子とだけその夢を追う手伝いをすることに決めました。
なので、「本気の指導はやめる」と書いたけど、本気の人にはその子達にかけた無駄な労力を注ぐのでより良くなっていく事でしょう。
そして、その本気の親子に協力してもらいたいのは「もう、そういうしつけられない親子をお前は相手にするな」とわたしを戒めてほしいのです。
子どもを見てしまうので、どうしてもすべての子に対し真剣に接してしまう病気が私にはあります。だけど、親が親ならばいくら真剣に接しても無理。
無理だからこそ子どもがそういう態度を大人に取れるのだという理屈もそろそろ私も受け入れなくてはなりません。
以前、この事を私に話した方がいました。その方は今は60歳ぐらいの方だと思います。
「原澤君、もう世の中の人間はおかしいのばかりだから。まともな人間になりたかったらそういう人間にならないように君自身が努力するしかない。今の多くの人間は人間の皮をかぶった獣みたいなものだから。人間としての分別なんてつかないんだよ」と。
そんなこともあるのかなぁ。なんて思って「はぁ」なんて私もそのときは聞いていましたけど、私も今はそれを強く思います。
「ああいう人たちってもう人から離れてきているんだろうな」と。
そして私は実感することがあります。
獣と人間の違いは「しつけ」なんだ
って事に。しつけがなければ人間も獣並みの生き方しか出来ないんだなって事が。
欲しいときに泣き叫び、噛み付き、義理も人情も分からない生き物として生きるしかない。それを望んでしまったんですね、人間たちが。
ただ、欲深いのでしつけなど望んでいないのに、私からサッカーだけ上手くさせろ的な感じで接近してくる人たちがいる。
もう、それだけはやめてもらえませんか。私はサッカー指導をする以上に子どもたちにしつけを重んじる指導者です。
「自分のことは自分でやる」という事以上に、「年下をいじめる」「出来ない子をバカにする」そして「大人になめた態度をとる」この3つだけは私の指導を受ける限りは、絶対に許しません。
これが理解できない人は私の指導など受けるべきではありません。考え方が違うのですから、付き合うべきではないのです。
よくいるじゃないですか。上手いけど性格悪い選手。
ああいう選手だけは私が指導してつくりたくないという意地があります。
サッカーの能力以上に「最低限の人間性」はここで覚えてもらいたいと思い、真剣に指導しましたが、もう終わりにします。
そんなことは本来私の仕事ではないのですから。ちゃんと家庭と学校で教育されていれば、サッカークラブの監督に小学生が悪態をつくなんてことはありえないです。私が反省すべきはその点で、監督に悪態をつく子がしつけをされている訳がない。だから私がしつけたら迷惑だとしか思われない。という事に。
結局、私と今までこじれてきた親子というのは「意識の差」なんです。いろいろな意味で。
「プロサッカー選手にさせます。」とまで言う指導者の意識にまわりがついてこれないのが良く分かりました。
地元では、そういう指導を出し惜しみせずにやっていましたが、今後は出し惜しみというよりも欲しい人にしか提供しないようにします。
たしかに、600円のラーメンが食べたいのに、1500円のデラックスチャーシューメンとか出したら迷惑といえば迷惑ですからね。
まあ、私が一番いいたのは、大人に平気で喧嘩売る態度を取っても、何も手出しできない世界になってしまった。という事です。
これじゃ、江戸時代で犬が一番偉いみたいな事をやってた時代と変わりませんね。
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テーマ:少年サッカー - ジャンル:スポーツ
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